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僕が「わからない」を楽しめる理由

英会話を上達していく上で

「わからない」というカベを越えるか越えないかが、とても大きいです。

正確には、「わからない」という

不安 ・ 屈辱 ・ 恥ずかしさ

ここが、特に文法・単語・テスト・受験などで頭も心もガチガチになった日本人の多くが

弾き返されてしまうポイントなんじゃないかなと思います。

僕自身も、初めてアメリカに留学した時には

そのカベにぶち当たりました。

そこをどう乗り越えるか、なんですが

例えば、今でも僕は相手が言うことが速くて聞き取れないとか

言ってる表現や単語がわからない場合などは多々あります。

もしくは、言いたいことがうまく言えないこともあります。

単語や表現が出てこないこともあります。

TOEIC満点の僕が、ですよ?

外資系でバリバリやっていた僕が、ですよ?

でも、あるんです。全然フツーにあります。

そんな時、僕はフツーに相手に聞きます。

「え、今なんて言ったの?」

「こんなこと言いたいんだけど、上手く言えないんだ。なんていえばいいの?」

これ、例えば 

僕のそばに、僕のセミナーを受けてくれた人が居たとしても

全然フツーにします。

なぜだと思いますか?

それは、

単に僕がその時

夢中になっている

からです。

何に夢中なのかというと

自分がそれを聞いて、新たに知ることで

さらに自分が自由に英語をしゃべれる状態へまた一歩近づくことができる

その快感、その興奮

それが

僕を、いわゆる「ゾーン」に入れてしまうのです。

「ゾーン」ってわかりますか?

スポーツ選手などによく起きる、「周りの雑音が消え、感覚が研ぎ澄まされている状態」です。

僕が思うに、

英語をしゃべれるようになる人と

いつまでたっても英語をしゃべれないままでいる人の差は

そこだと思うんですね。

英語をしゃべれるようになる人にとっては、

どれだけ「わからない」に出会えるかが、ある意味楽しみなのです。

英語をしゃべれずにずっと足踏みしている人は

「わからない」に出会うのが、恐怖なのです。

もちろん、単語も文法も本当にゼロという人だと、

あまりにもわからなすぎて、オモシロいという感覚になれないかもしれません。

Hi! My name is Akira.

How are you doing?

Do you like apple?

これらの読み方も意味もさっぱりわからない

ということだと、さすがに単語・文法も両輪でやっていった方がいいかもしれません。

でも!

でもです。

仮にそういうレベルであったとしても

外国人さんを目の前にして

まったく意思疎通ができないか、というと

そういうこともないんですよね。

相手の口から出てくる「言葉そのもの」に意識を取られすぎず

相手のジェスチャーや、表情、雰囲気、目

そういったものに意識を(さらには自分の感覚を)向けるようにすると

何を言いたいのか、何を伝えたいのかっていうのがわかったりすることがあるのです。

僕は、会話の原点って本来はそこなんじゃないかな って思うんですよ。

文法・単語などが登場するのは、その後でいいのです。

日本人は、あまりにも理屈(=単語・文法)、つまりは「文字情報」に縛られすぎてます。

外国人が目の前で話し出すと、あたかも教材のCDから音声が流れてきて、聞き取りテストをされているような気分になってしまい、わからないと「ハイ、マイナス5点ーーー」みたいな気分になってしまうのではないでしょうか。

冒頭に話したように、英語をしゃべれるようになる人は、「わからない」が出発地点なのです。

英会話が上達するのは、本来はそこからなんです。

「わかってから話す」ものでは決してないんです。

そして、自分の心を開くことこそが

「わからない」を「わかる」に変えていく力を持っているのです。

自分の脳の潜在パワーを引き出してくれるのです。

そして、その力は、誰しもに存在するんです。

そう、あなたにも。

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